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匂いがしないフェロモンは鋤鼻器官で感じ取っている!?

アンドロステノールアンドロステノンを使用した香水に続いて、次は鋤鼻器官と呼ばれる耳慣れぬ単語が出現して、フェロモン香水は新たなる段階を迎え入れます。

 

フェロモン香水の歴史上、現在のところ最終的な世代に属する香水に関して言及するよりも前に、最初にこの鋤鼻器官と言われるものを把握することより開始したいです。

 

 

鋤鼻器官というものは、発見者の名を取り入れヤコブソン器官だとも称されていて、その器官を活かした神経系を鋤鼻神経系と呼びます。普通の香りを感知している嗅覚の系統を主嗅覚系、いずれかの鋤鼻神経系を副嗅覚系だとも呼称します。

 

主嗅覚系とメカニズムが酷似していることで香りの体感に関係しているものと定められてはいたのではありますが、本当のところ長期にわたりこのメカニズムさえよくはわかりませんでした。

 

また、人間じゃ胎児の時にだけ見られ誕生後になると消え失せます、進化の半ばで必要がなくなった痕跡のような器官だと思われてきたので、医学的見地から考察の価値が乏しいものということで具体的な研究が行われていなかったのです。

 

 

これが、動物を中心にした研究が進行するうち、鋤鼻神経系は嗅覚神経系とは確実に自立した神経系で、機構までも単なる嗅覚とは違うということが明らかになってきました。

 

つまり、鋤鼻器官はフェロモンの察知について大切な役目を果たしているのが明らかになってきたのであります。

 

 

とりわけ爬虫類だと鋤鼻器官がはっきりと進化していて、スピーディーに舌を出し入れすることによりフェロモン物質を捕捉して、それを鋤鼻器官に運行しているみたいです。

 

ヘビが先の割れた舌をチビチビと移動させていますのは、1つには鋤鼻器官を働かせるためだったのです。

 

 

人のケースでは、鼻が感じた香りは電気的信号に変わって嗅神経から嗅球を経過して大脳辺縁系へと情報が伝えられます。

 

加えて大脳新皮質にまで情報が伝えられることによって、精神と直結して良い香りか嫌な臭いかの判別とか、匂いの記憶ができることになります。

 

それに対して、その鋤鼻神経系は視床下部に結びついていると思われ、大脳新皮質との実質的な繋がりがないから、何かしらの匂いを嗅いだという思いがないまま、直にホルモンなんかに影響を及ぼすことが可能だと思われています。

 

 

頭の中にのぼらず動かす(=行動を起こさせる)匂いを感じ取るとなったら、フェロモンを感じ取る器官に最適というわけになります。

 

しかし、とある分子を鋤鼻器が感じても意識に上らないとするなら、これを「匂い」と呼んでも良いのだろうかといった他の論点が出てきます。

 

その上これは、動物たちが私たち人類に匹敵するみたいな匂いの意識を有しているのだろうか、否もとより人が匂いを匂いという形で認識している意識というものは脳のどれがどういうふうに機能する現状をいうのであるという、より難しい問題のスパイラルに結び付くということもあります。

 

 

動物たちが主嗅覚系を介して匂いを有する揮発性の分子を感知する際、これは私たち人類が匂いを感じ取ると気に留める場合とまるで同等ではないにしても、鋤鼻神経系においての体感と比較すれば大脳が関係する余地の大きいのは想像しやすいです。

 

範囲が制限されているかと言って、別の感覚より獲得できた情報と結合がなされて、どのような活動を取るのだろうかを大脳そのものが確認できるという次第です。

 

例えこういった機能を生物(このページでは主として高等哺乳類が考慮されていますが)においての意識というのならば、動物たちは匂い分子といった知覚目標をしっかりと感じているということができます。

 

すなわち、匂いを察知しているであろうということであります。それに対して、ジョビ器官を通じて意識の外にある匂いなんてのはある種の形容矛盾で、意識の外にあるのですから匂いという形で感じ取れないワケですので、これを「匂い」と言いますのは変なことではないのでしょうか。

 

 

加えて、ジョビ器官が感じる物質によっては、文字通り匂わないフェロモンが存在するのが突き止められています。

 

匂いがしないフェロモン物質というものはつまるところ蛋白質で、蛋白質は分子量がデカ過ぎて揮発しないせいで匂わないのです。

 

 

少し内容がややこしくなるのですが、特定の物質が匂うなんてのは次なる3つのステージを過ぎ行くことによって成立すると捉えられます。

 

 

1.一番初め、その物質が揮発することです。揮発しないと分子は鼻腔に届くことが不可能なので、匂いの感覚自体が成り立ちません。

 

2.それを踏まえて、嗅細胞の傍らにその分子を捉えるレセプター(受容体)がないと、匂いということで知覚されることはないと見なされます。全部の揮発性物質を匂いという形で感じ取れるわけじゃないからとなっています。

 

3.それから、レセプターが匂い分子を受け取って、嗅細胞がこの情報を電気信号に変化させたところで、大脳新皮質が意識の水準でこの情報を掬い上げなければ、匂いといった感覚は成立しません。嗅覚実験において、一定の匂いを受けて皮膚とか大脳に明瞭な電気活動が記録されて、神経系で情報が反応したのが分かりきっているというのに、被験者が匂いを感じ取っていないとすると言い張ることとなるものということであります。

 

 

そうしたら、ジョビ器を通した蛋白質フェロモン物質は2つの意味を含めて「匂わない」ことになります。

 

蛋白質が揮発しないことにより、1の要件にマッチせず、その上、鋤鼻神経系そのものが意識を制御する大脳新皮質に結び付いていないので「意識」されることさえないから、3すら怪しいので、これは匂いとは呼べないのであります。

 

 

ジョビ器が捉えるものが匂いと同様の化学物質であるために、生理学的もしくは生物学的に嗅覚と同列に扱うことができるとはいうけれど、これを「匂い」といったフレーズの下に認識しようとすれば、逆にこんがらがる懸念があります。

 

こういった物言いをしてしまうと、人の意識を加味して嗅覚というものを把握しようと試みる、つまりは人間中心主義的なものの捉え方であるとの解釈があるかもしれません。

 

されど、私たちが視覚を介して外界という形で認識している世界(像)を、コウモリが超音波により似た様な像という形で認識している可能性が考えられるのだけれど、これを「副視覚」って呼ばないなら、ジョビ器を通じたフェロモンを嗅覚とか匂いといったタームで把握しようと試みることそのものに難しいといった気もします。

 

ジョビ器が受け入れる蛋白質がフェロモン物質の効果という形で作用する場合でも、これは私たちが普通一般的に構想する「匂い」とは縁遠いものでしょう。

 

というわけで、こうしたフェロモン効果は、匂いとエロスを取り巻く研究を目的にする本サイトの目的から外れると言うことも出来るのであります。

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