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香料ムスクの歴史

そのように、媚薬という形で、薬という形で、または類い稀なる香りという立場で麝香は持て囃されてきたのですけど、イスラム圏で重宝され、中国とか日本中で漢方薬の製法に用いられた麝香は、現在香料市場で利用するムスクとは異なるものです。

 

ムスク・シャーベットとか六神丸の原材料は、ジャコウジカより切り取られたゼリー状もしくは粒状の、すなわち麝香それ自体だというか、これをアルコールで取り出したムスク・チンキと呼称されるものでした。

 

 

香料の立場でのムスクすら、元々はその麝香自体が利用されていたと見なされています。

 

香料製法の内にどういった具合にムスクが利用されていたのかは分かる筈がないが、出来上がった香料はとても麝香特有の香りを活かした品であったというのは考えられます。

 

 

それに対して、近代以後の香水とか香料というのは、麝香の香しさのみを強めるみたいなことはまずありません。

 

19世紀初めの頃には、化学配合により開発された原材料を利用することにより開始する近代香水に関しては、原則的に色々な香調の適応(それをアコードと呼称している)により成立するもので、1つの原材料の香りのみが異彩を放つみたいなものは僅かです。

 

後述するムスク・オイルを除外したら、ムスクのみが突出しているとか、制限なくムスクを目立たす香水だって滅多にありません。

 

それなりにムスクが多くある香水ってのは当然ありますけど、それに関してもフローラルとかやウッディ、アンバーというような別の香調と適応するだけの内容でありまして、そういった場合であろうとも漢方で利用する麝香自体が使用されることはありません。

 

 

近代以後の香料市場で使用するムスク香料というものは、麝香それ自身より溶剤抽出により香り原料のみを取り出したもので、ムスク・アブソリュートと呼称される。
ムスク・アブソリュートというのは茶褐色のどろどろした半固体で、生の状態で嗅ぐと俗にいう動物臭のみしか感じ取れないのですが、薄められ別の香り成分と適合したら、何とも言いようのない清々しい香しさになります。

 

加えて、ムスクは別のフローラルとかスパイシー、フルーティというような香調と比較して匂いが長い間持続するため、香水の残り香、つまりはラスト・ノートに対しては外せないものでありました。

 

 

しかし、今の香料市場だと、そのムスク・アブソリュートさえも全然使用されることもなくなってしまっています。

 

原因は幾つかありますが、何よりも、その価格が上昇したこと、次いで優秀な合成香料が作られ、それらのものを用いてしっかりとムスクのような香気を生み出せるくらいになったこと、それに生き物を殺傷したりして獲得できる香料であるので、動物愛護の精神性に逆らうということで利用を阻む活動があった事柄を鑑みられます。

 

最後の内容に関しては、近頃中国だと殺さずに麝香を手に入れる手法まで考えられているみたいですが、もとから飼育が大変であると言われてきた動物ばっかりに、それに応じ総合的なニーズの内のどれほどを揃えているかということは想定できません。

 

近頃販売される香水においては大半と言っていいくらい自然のムスクが含有されることはありませんが、過去作られて最近でも販売されているフランスの高品質香水については自然のムスクが使用されているから、フランスの香水市場のみで通年10キロのニーズがあります。

 

パッと見少ないという風にも思えるのだが、この容量のムスク・アブソリュートを手に入れるにはジャコウジカ1600頭が必要であるといいます。

 

動物愛護団体ではなくても、少し不憫に思ってしまう個数です。

 

 

けれど、合成ムスクの研究については目を見張るほどのものがあって、パフューマー(調香師)は自然の麝香が利用できなくてもさほど苦しめられているわけではありません。

 

本当に、自然のムスクを利用して上手くいった香水よりムスクを除外して、合成に置き替えればその良否は明白なのですけど、今後作ろうと試みる香料についていえば合成で充分なのです。

 

4つの動物性香料の内、なにが最も重要であるかと問い掛けしたなら、多数のパフューマーはシベットって回答します。

 

アンバーとかムスクは合成により幾らかは置換の効き目があるが、シベットは程よい代替品がなくて、高級な印象もあるフローラル調の香料に艶と容量を持たせるというのはシベット抜きでは無謀だということを体験的に熟知しているせいだからです。

 

 

ムスク系統の合成単品においてはバラエティーに富んだものがありますが、自然の麝香の中心たる香気原材料とされるムスクと呼ばれるものまで合成されており、ちょっぴり高めだが使用することができます。

 

当たり前ではありますがムスキーな香調を有するのだが、ムスク・アブソリュートの香りについてはまるで異なります。

 

その他だと、ムスク・ケトン、ギャラクソリッド、エグザルトリッドが合成ムスクを象徴的に示すもので、各々香気に特性があって、しかも価格の差もあり利用される方法は一様じゃないのです。

 

現下新しく店頭に並ぶ香水のムスク・ノートというのは、大半がこういった合成ムスクで作られている。

 

 

史実上みたら、それら合成ムスクの活用を促したのは、皮肉なことに1970年頃の「ムスク・ブーム」でありました。

 

それは、1960年頃に始まるヒッピー・ムーブメントの余波ということもできる出来事で、自然回帰とか精神世界に関する傾倒というような動きの内で麻薬とか媚薬が再び持て囃され、フリー・セックスとかセックス・レボリューションに始まるムードと影響し、麝香の媚薬のような作用に対する注目が高まったといった経緯が見られます。

 

媚薬での麝香のルネッサンスであるとも称する案件と言えます。

 

ヒッピーらはマリファナの媚薬作用を強めるよう原材料の大麻にムスクを振りかけたりしたらしいです。

 

麻薬と香料が「媚薬」といった核で繋がったわけなので、古代インド神話に対する回帰だということです。

 

 

こういうムスクに関する関心が大衆に広められ、ひいては「ムスク」を売りに出した香料(香水とかコロン等々)が次々と世に現れる事態になりました。

 

最もよく知られたことがジョバンの「ムスク・オイル」で、1972年に米国で公にされている。

 

同年には、ダナやウビガンの他二社が「ムスク」または「ムスク・オイル」という名前の製品を売り出しています。

 

現在は存在していない名も知れぬ製造企業の品もカウントすれば、よっぽどの数量の類似品が出回ったということは言うに及びません。

 

その当時の傾向だったヒッピーのライフスタイルに動かされた若い人らは、膨大な合成ムスクで形成された香水を身に付けてはこの芳香を周辺に撒き散らしてたというわけです。

 

これらの香料に自然の麝香が含んでいない事実を彼らは把握していなかったと想定されるんですが、そうは言っても充分ムスク・オイルの香しさは艶っぽくて媚薬みたいなものと受け取っていたそうです。

 

それどころか、合成ムスク香料で構成されたムスク・オイルが大衆に拡散したことから、普通の人はムスクといいますと、自然の麝香の香りじゃなくてこの種の合成ムスクの芳香を思い浮かぶかと思います。

 

 

「ムスク・フォー・ウィメン」といった製品が同じジョバンより1978年に現れている点を思ったら、どうも始めのうちはこの匂いをどちらかと言うと男性がメインに利用していたみたいです。

 

今のフェロモン・クイーンとは異なり、ムスクで異性を魅きつけないといかなかったのは男性であったわけなのです。

 

ジョバンのムスクベクトルはそれからも継続し、90年頃に入ってすら「ホワイト・ムスク」とか「フレッシュ・ムスク」というような製品を発売している。

 

「ムスク・オイル」が明らかに媚薬みたいな感じを引っさげておいたのに比べて、「清涼感のあるムスク」だという、私たちにおいては出鱈目な描写とも取れるレベルの製品方針へと様変わりしている部分は、香料と時代の好みという関係性を考察する上では心を惹かれます。

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