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龍涎香も媚薬として知られている?

麝香と比肩する香料の覇者は龍涎香です。

 

 

海上を飛翔する龍が唾を飛ばして、この滴が海面に落っこちると、辺り全体に香りが流れる……。

 

それが龍涎香(アンバー)の呼称の発祥です。

 

アラビア人が招いたこの不思議な芳香に対して、中国人は幻の生き物、龍を引き合いに出してきたわけです。

 

香りについては龍脳(ボルネオール)といったやっぱり龍の文字を使ったものがありますが、香気からすれば双方で類似した部分はありません。

 

 

ではその龍涎香、欧米語だとほとんどアンバーとかアンブルというような似通った表現で呼称されるのですが、アンバーというのは後々に琥珀を表すことになって、琥珀との混同を防止するためフランス語で灰色を表す「グリ」を付けてアンブル・グリと呼称されるようになりました。

 

これ自体を英語読みにした「アンバーグリス」がどういうわけか香料市場における通称になっています。

 

現在ではアンバーといいますと琥珀とか琥珀色を表す割合が高いのですが、元々この芳香を指し示す単語なのです。

 

ですので香料のアンバーというものは琥珀とは全く関連性すらありません。

 

 

麝香と比較すると、龍涎香の香料の立場での年数は浅いです。

 

中国に伝えられたというのが9世紀頃、欧州だとそれよりもいくらか遅くなって取り上げられたらしいです。

 

実際の物が認知されるや、欧州人は極東の家以上にその芳香に心酔していったのですが、アンバーの芳香を好み、この真価を世間に頒布したというのはやっぱりイスラム文化で、アラビア商人の見事な活躍ぶりがアンバーの浸透に一役買ったのであるとされています。

 

そのアラビアにおいても、文書上でアンバーが出てくるのは7世紀前半のことでした。

 

 

近頃では龍涎香というのはマッコウクジラの腸内で出来上がった結石に近いといったことが判っているが、この要因とか形成プロセスとなったら未だに十分には明確になっていません。

 

現在すらそうなのですから、昔だとその始まりに関し幾つもの言い伝えもしくは憶測があったのは当然のことです。

 

漢方だと龍涎香の異名を鯨糞と称して鯨の糞とされていたし、19世紀初期にオランダ医学を元に広川カイと呼ばれる人物が記した『蘭療薬解』においては、鯨魚の精液が凝固したものだとか、その他には蜜蜂の巣が海に落っこちたものにすぎないのではといった奇妙な珍説すらあります。

 

 

特徴から見れば、実際には蜜蜂の巣にすらそっくりの褐色から灰色、ときに黄色みっぽい丸っこい塊で、灰白色であればあるほど良質、黒色の強力なものはクオリティーが劣ると見なされています。

 

それが海に浮かんでいるのを掬い獲ったり、海岸に打ち寄せたのを取り上げていたのです。

 

その不規則きわまりない補給からしても、今の香料市場でこの自然物を芳香成分の形で利用しようにが無いということは熟知しています。

 

自分が調香師になるために香料を嗅ぎ出した頃だと、香りを感じることを考えて真のアンバーグリスはあったのですが、とっくにこれを製法に活用するというのはなぜかありませんでした。

 

金額が高めといった場合もあるのですが、アンバーの香料の中心成分とされるアンブリノールと呼ばれるものが合成されて利用できることに加え、アンバーのような香気を有する原材料はたくさんあるので、アンバー調の芳香は元来の龍涎香抜きでもどうにか作り上げられるせいです。

 

近頃売れ出された香水に自然の龍涎香が利用されるということは、自然の麝香が活用されるよりは滅多にありません。

 

 

アンバーの香気を言語で表わすことは困難であるが、少々ザックリと力説してしまうと、ワキガの臭気と変わらないのじゃないかと思います。

 

当然、ワキガにだって色々あるのですが、ムスクがワキガと言うより強いて言えば「皮膚の香り」と同じようとするなら、アンバーはさらに濃密で、毛の香りと合わさった腋の下の臭気と似たものといった感覚に捉われます。

 

さらに、私達日本人のワキガだというよりも、中東とか北アフリカの人達の体臭というような趣きもあります。

 

何よりも、そういった人達が元々アンバーの芳香を好み、こうした香りを有する香粧品を普段より身に付けているから、私達日本人としては体臭さながらに実感するというのだって思えないわけではありません。

 

 

いずれにしても、ワキガとか体臭を思わせる側面はありますが、強烈で頭の芯にキーンってきちゃうみたいな切れがある香り立ちと、下からねばりつくみたいに上昇してきてしまう甘さを共に持つ芳香に媚薬みたいな力があるということは、アンバーグリスを嗅いだ事がある人間ならば簡単に想像できます。

 

エキゾチックで情欲的という意味では麝香と比べて上回るかも知れません。

 

ムスク入りシャーベットの内容はとうに記述したが、アンバーまで同じような機能に利用され、ムスクと混ぜ合わされてしまうことだって見られたらしいです。

 

ムスクとアンバーの芳香が奏でる官能の調和といった所でしょうが、双方の芳香を理解している自分としては、とても私達日本人の口を満たしてくれるわけないと思います。

 

エジプトじゃ今日でもコーヒーに龍涎香を取り込み、媚薬とか惚れ薬という形で用いているらしいが、どうにもその目と鼻で確認するまでは信じ辛い報告です。

 

 

だけど、媚薬の立場での龍涎香は欧米においても知名度のあるものだったようで、ノストラダムスの残しておいた媚薬の製法については麝香とか丁子、アロエと一緒に龍涎香が用いられ、量だって特にいっぱいです。

 

けれど、はるか後々の18世紀中頃ともなれば、フランスじゃ麝香とか龍涎香というような動物性香料は腐敗といった事象と一括りにされるに至り、おりからの衛星配慮の上昇の内で、生体からしたらなにかしらの危険性も含んだものということで断罪されるようになってしまったと、歴史学者アラン・コルバンの『においの歴史』の中には書かれています。

 

 

何よりも、19世紀の下で近代香水が成り立つと、麝香すらも龍涎香さえも、この香りのみが群を抜いておりどんな人でもそれと気付くといったような香水はなくなって、言うなればオペラのプリマドンナからオーケストラの構成員に装いを変えて、香料の立場での大切さは立て直したと見なすことは可能です。

 

ムスクと同じ様に、どこまで香り長続きさせる(それを保留性の良いと称しています)特色は、近代香水の芳香の骨格だと不可欠となったせいです。

 

 

反面アンバーの媚薬みたいな感じまで19世紀最後には再燃しております。

 

例えばオスカー・ワイルドは『ドリアン・グレイの肖像』内で、「人の欲求を駆り立てる龍涎香」と表現するし、ボードレールだって「旅への誘い」と呼ばれる詩の内で、官能に溢れた夢想の外国オリエントを、見たことのない花の芳香とアンバーの芳香とが混じり合う地域ということで想像しています。

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